東京高等裁判所 平成元年(う)554号 判決 1990年2月21日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役三年六月に処する。
原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人渡辺務作成の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官酒井清夫作成の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
なお、原判決は、罪となるべき事実第一の二の2において、「被告人Bは、Aの前記犯行に先立ち、(一)同日午後三時ころ、同人が新庄ビルの地下室内でGをけん銃で射殺する計画をしていた際、Cとともに、けん銃音が同建物の外部に漏れることを防止するため、同地下室の入口戸の周囲のすき間等をガムテープで目張りしたり、換気口を毛布で塞ぐなどするとともに、(二)DもしくはEの運転する普通乗用車(BMW)に同乗して、前記Cの運転する自動車に追従して、前記殺害現場に至るなどし」たと認定しているが(「(一)」及び「(二)」は、この判決においてかりに付するものである。)、以下において「目張り等の行為」というときは、右(一)の行為を指し、「追従行為」というときは、(二)の行為を指すものである。
第一 強盗殺人幇助の事実のうち地下室の目張り等の行為に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について
一 目張り等の行為の際の被告人の故意について
所論(控訴趣意書の所論をいう。以下同じ。)は、要するに、被告人は、原判示新庄ビル地下室の目張り等の行為に際して、原審共同被告人A(以下、「A」という。)の本件強盗殺人の意図を何ら認識しておらず、したがって、その意図を了解した上その実現を容易ならしめようとする意思なども全くなかったから、被告人に強盗殺人幇助の故意がなかったものとされるべきであるのに、原判決が被告人に右の故意があったと認定したのは事実誤認であるというのである。
しかしながら、原判決の挙示する関係各証拠を総合すると、被告人が地下室の目張り等をした当時被告人に強盗殺人幇助の故意があったとした原判決の認定は、この点につき、原判決が、その理由中の「争点に対する判断」の「三 被告人C及び同Bについて」の「2 被告人Bの強盗殺人幇助の成否について」の項の中において認定、説示している点を含めて、優にこれを是認することができ、これに反する被告人の捜査段階及び原審公判廷における供述は措信し難く、原裁判所が取り調べたその余の証拠及び当審における事実の取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。
所論は、原判決が「争点に対する判断」の三の2項の中で認定、説示しているところにつき、逐一論難するので、その主な点について、以下、若干の説明を補足する。
1 原判決は、「Bとしては、Aが、Cや自分を巻き込んで利用し、地下室に宝石等の取引にかこつけて誰かを連れ込み、けん銃でその者を射殺し、宝石類等を奪い取ろうとしているのではないかということを、感づいていたものと推認できる。」旨認定、説示しているところ、所論は、原判決の右認定、説示を捉えて、原判決は、被告人がAの右のような意図を認識するに至った基本的な理由として、一つには、被告人が当日地下室においてA及びCから地下室でのけん銃による殺人計画を聞かされていたこと、二つには、被告人が以前京セラ・十仁プラザの両事件における宝石の取引を装った強盗計画に巻き込まれたことにある旨説明しているとした上、原判決の右推認及び結論の不当を批難する。
しかしながら、原判決は、被告人がAの主宰する原判示○○総合企画に入社して以来本件犯行に至るまでの事実経過を詳細に認定、説示した上、その事実経過、とりわけ所論指摘の二つの事実、すなわち、被告人が当日の午後A及びCから地下室でのけん銃による殺人計画を聞いていたこと、及び、以前原判示京セラ・十仁プラザの両事件における宝石の取引を装った強盗計画に巻き込まれたことがあったことのほか、被告人が、当日の午後、Cらによって地下室の床に血が飛び散るのを防ぐためのものと思われるビニールシートが敷かれているのを見て、Aが計画に従って地下室の準備を着々と進めていることを知り、しかも、同所にはにわかにテーブルや椅子が運び込まれ、取引の場所のように設営されているのを知ったこと、被告人が、右京セラ・十仁プラザの両事件に関与した後、一旦帰郷したものの再び○○総合企画で働くようになり、その二、三日後にはAから再度けん銃の入手方の依頼を受けたり、また、その後、取引の際に見せ金として用いるであろう、いわゆるアンコの札束作りを手伝わされたりしたことなどをも併せ、これらを総合して、被告人がAの前記のような意図に感づいたものと推認していることが原判文上明らかであって、所論指摘の二点が推認の基本的な理由となってはいるが、原判決は、この二点だけを結び付けて直ちに右のような推認をしているのではないから、所論は、原判決の認定、説示しているところを正解しないでこれを批難していることに帰し、すでにこの点において所論は採用することができないものである。のみならず、所論指摘の二点を含めて、原判決が認定、説示している右の諸事実を併せ考えると、被告人が、地下室の目張り等をした当時Aらが宝石商の本件被害者その人と宝石等の取引をしようとしていることは知らなかったとしても、Aが、Cや自分を巻き込んで利用し、地下室に宝石等の取引にかこつけて誰かを連れ込み、けん銃で射殺し、宝石類等を奪い取ろうとしているのではないかということに感づいていたものと推認できるとした原判決の認定、判断は、所論指摘の被告人のその間の心情を考慮に入れても、十分合理的なものとして是認できるものである。
2 所論は、被告人が本件犯行当日Aから地下室での殺人計画を打ち明けられた事実を争い、原判決が右事実を認定した理由として説示している諸点を種々批難する。
(一) すなわち、所論は、まず、原判決が、右認定に沿うAの捜査段階における供述はAと被告人の各発言内容が対応する形で具体的に供述されていること等により信用性が高いとしている点について、被告人は地下室でのAとの会話が殺人計画などとは異なる内容のものであったことを捜査段階から一貫して供述して来ていること、その供述はAの供述以上に各発言内容が対応する形で述べられていて具体的であること、地下室へ至るまでの状況及びその間の被告人の心情等についての供述内容、Aの人格特徴などを総合して考えるならば、被告人の供述の方がより具体的であり、臨場感に富み、信用性がより高いものであると主張する。
しかしながら、Aの捜査段階における供述中、Aが本件当日地下室で被告人に対しけん銃による殺害の意図を打ち明けたことを肯定している供述部分が、Aと被告人の各発言内容が対応する形で具体的に供述されていることは原判決が指摘しているとおりであるほか、その供述内容は、Aの本件強盗殺人計画が被告人、原審共同被告人C(以下、「C」という。)、同D(以下、「D」という。)らを巻き込んで着々と進展して行った当時の状況等から見て何ら不自然、不合理な点がなく、他の供述部分の信用性の高いことと相俟って、十分信用に値するものと認められるのである。そして、このように信用性の認められるAの捜査段階における供述を中心とする関係各証拠を総合すれば、被告人は、本件犯行の当日、午後二時ごろ出社したAに新庄ビルの地下室に連れて行かれ、ここでけん銃により人を殺す旨の意図を打ち明けられたことが優に認められるのである。
これに対し、被告人は、捜査段階以来終始一貫して、Aから当日地下室でけん銃による殺害の意図を聞かされたことはない旨弁解しており、その弁解も、Aと被告人の各発言内容が対応する形で具体的に述べられていることは、所論指摘のとおりであるが、しかしながら、被告人の弁解によれば、その時には、Aと、地下室を利用して始める商売ないしそのための内装の話をしたにすぎないというものであって、当時のAの本件強盗殺人計画の進展の状況、とりわけ、原判決も説示しているように、Aは、すでにこの段階では被害者を殺害する意図を固めており、現にその前後にはCにその意図を告げて、テーブル等の準備を指示をしているという状況からして、この時期に、Aが、地下室を利用して始める商売ないし内装の話をするためにわざわざ地下室まで被告人を連れて行って、その話だけをしたというのはいかにも不自然で、現実味に欠けるものであることを考慮し、また、Aの捜査段階における供述と対比すれば、被告人の右弁解は到底措信し得ないものというほかはなく、この趣旨を述べるものと解される原判決の説示も首肯することができるものである。
なお、所論は、被告人が地下室でAからいわれたのは、地下室を利用しての商売の話であり、原判決にいう内装の話はその商売の話の成り行きで出たものにすぎず、カジノ等の商売の内容も競馬等のギャンブルを趣味とするAには自然なものであり、また、被告人を雇い入れたAが被告人のために新たな商売を計画することも極めて自然で、何らの不自然さもないと主張するが、原判決は、Aがすでに被害者の殺害の意図を固め、Cに指示して地下室にテーブル等をセットさせるなどして準備を進め、Aの意図の実現が目前に迫っている時期に、その地下室を利用して始める商売の話にしろ、そのための内装の話にしろ、そうした話をするためにわざわざ被告人を地下室まで連れて行って、その話だけをしたということの不自然さを指摘しているのであって、一般的に、Aがカジノ等のギャンブル関係の商売を始めること、あるいは、雇い入れた被告人のために新たな商売を計画すること自体を問題にして、これが不自然であるといっているわけではないから、右の所論は、原判決の判断に対する批難としては的はずれであって、失当といわなければならない。
また、所論は、原判決が、一方で、Aの性格につき「気分変易的で、かなり感情の起伏が激しく、思い付きで行動に移したり、簡単に先の計画を変更するなどしてきた」と認めながら、この点の認定については、Aの右のような性格を全く忘れ、一貫性がないから不自然とするものであって、論理矛盾というべきであると主張する。しかし、原判決は、被告人が地下室でAからけん銃による殺害の意図を聞かされたことがあるかどうかという点について、何もAの供述をそれが一貫していないことを理由として不自然であるとしているものではないから、所論はその前提を欠くものである(なお、一般的に、Aの性格が右のようなものであることと、その供述が一貫していない点を捉えて不自然とすることとは、事柄の性質上必ずしも矛盾するものではない。)。所論は採用することができない。
(二) さらに、所論は、原判決が、「Bの弁解通りだとすると、Aからその意図を直接聞いてもいないのに、自らの才覚で積極的に手の込んだ目張り行為等をしたことになり、単にいたずら心が高じてなした旨の弁解は、説得力を欠くものである」旨説示している点につき、被告人は、Aからその意図などを聞かされなかったからこそ、目張りというにはほど遠い「目張り」をしたものであり、その防音効果の無さ、その状態の奇異さを見れば、いたずら心が高じたものと理解することが最も事実に即した解釈であり、いたずら心とする被告人の供述は十分信用できるものであると主張する。
しかしながら、被告人及びCの捜査段階における各供述を含む関係各証拠によれば、被告人は、前記のとおり、本件当日の午後三時ごろCに誘われて地下室に行き、同人から、Aが同所でけん銃により人を殺害するつもりであることを聞いた際、自らも、けん銃の発射音はすごいなどと説明し、その音が建物の外に漏れるのを防ぐため、地下室の入口戸の周囲の隙間にガムテープを貼り付けたり、Cとともに、持って来た毛布で二箇所の換気口を塞ぎ、ガムテープで留めるなどして、同人らとしては、精一杯、手の込んだ目張り行為をしたものであって、その効果も考えないで、ことさら目張りというにはほど遠い粗雑な作業をしたわけではないことが認められるから、結果的にその出来栄えがさほど防音効果のないものであったとしても、被告人の弁解のように、単にいたずら心が高じて右のような目張り行為をしたなどという説明では到底納得の得られるものではなく、したがって、原判決が、被告人の右弁解は説得力を欠く旨説示しているところも正当として首肯することができ、この点を争う所論も採用することができない。
3 所論は、原判決が、右の目張り等の行為の当時、被告人もAの本件強盗殺人の意図に感づいていたものと推認できる理由の一つとして、被告人が以前京セラ・十仁プラザ両事件に巻き込まれた事実のあることを指摘している点ににつき、右京セラ・十仁プラザ両事件は、いわば被告人がAの指示、命令により実行正犯の立場に立たされようとした事件であるのに対し、本件は、Aがその意図を明らかにしないまま同人自身が実行正犯として行った事件であるから、両者を同列に考えることはできず、しかも、京セラ・十仁プラザ両事件は、被告人が一旦高崎に戻り、年が明けて、Aからもう「過激な」ことはさせないとの約束を取り付けた後に起こった本件から見れば、半月以上も前の出来事であり、事実として認定不可能な「殺人」計画の打ち明けという土台の上に、事件としての質も、状況も異なる半月以上も前の「取引」を装った強盗の体験を結び付けても何も生まれて来ないのであり、まして被告人の強盗殺人幇助の故意が生まれて来るはずがない旨主張する。
しかしながら、原判示のように、被告人が巻き込まれた京セラ事件というのは、Aが、昭和六一年一二月二四日ごろ、宝石卸売業等を営む京セラ株式会社の営業社員二名を宝石類等の取引を装って○○総合企画に呼び寄せた上、被告人及びFの両名に千枚通し様の凶器を携行させて、右社員らが取引後に同企画の事務所から帰る途中を襲撃させ、所持している宝石等を強取させようとしたものであり、また、十仁プラザ事件というのは、Aが、同月二七日ごろ、貴金属の販売等を営む十仁プラザ株式会社の営業社員二名を宝石類等の取引を装って○○総合企画に呼び寄せた上、同人らを原判示SKビル内に連れ込んで、Fにはナイフを、被告人にはけん銃をそれぞれ使わせるなどして右社員らを襲わせ、同人らが所持している宝石類を強取させようとしたものであって、いずれも、本件強盗殺人の犯行とは、実行行為の分担等の点においては差異があるとはいえ、宝石類等の取引を装って宝石商らを呼び寄せた上、けん銃を含む凶器を用いて宝石類等を強取するという点においては性質を同じくする事案であり、被告人がかかる事件に巻き込まれた経験を有していることは、本件犯行の当日被告人が、A及びCから地下室でのけん銃による殺人計画を聞いていたことや、当時地下室には床に血が飛び散るのを防ぐためのものと思われるビニールシートが敷かれ、しかも、にわかにテーブルや椅子がセットされ、取引の場所のように設営されていたことを知っていたことなどとともに、被告人として、すでに地下室の目張り行為をする時点において、Aが、Cや自分を巻き込んで利用し、地下室に宝石等の取引にかこつけて誰かを連れ込み、けん銃でその者を殺害して、宝石類等を奪い取ろうとしているのではないかということに感づいていたことを容易に推認させる有力な情況的事実というべきである。もっとも、被告人は、前記十仁プラザ事件への加担を承諾したものの、まさに実行する段階になって高崎に逃げ帰り、翌年一月に入って再びAのもとで働くことになった際、Aから今後は過激なことをさせない旨の約束を得た旨供述しているが、かりにそのような事実があったにしても、その二、三日後にはAからけん銃の入手方を依頼されて、知り合いの暴力団組員に連絡を取り、同人からけん銃二丁と実弾四〇発を買い受けて、これをAに渡し、さらに、本件犯行の前日には、Aの指示により、取引の際に見せ金として用いられるであろう、いわゆるアンコの札束作りを手伝わされるなどしているのであって、これらの経緯をも併せ考えると、被告人がAから今後は過激なことをさせないとの約束を取り付けたことがあるとの事実は、なんら前記の推認を妨げるものではないというべきである。したがって、この点の所論も採用することができない。
そして、被告人は、前記のようなAの強盗殺人の意図を認識しつつ、同人が地下室で犯行に及ぶ際、外にけん銃の発射音が漏れるのを防ぐため、Cとともに、地下室の換気口などを毛布やガムテープで手当し、いわゆる目張りをしたことが認められ、これをもって所論のようにいたずら心がなさしめたものであるなどと理解すべき余地は全くないから、その時点において被告人に強盗殺人幇助の故意があったことは、これを否定できないものというべきであり、この点を争う所論はすべて採用することができない。
以上のとおりであって、論旨は理由がない。
二 目張り等の行為の幇助行為性について
所論は、要するに、原判決が、その理由中の「争点に対する判断」の三の2項の中で、被告人の地下室における目張り等の行為の因果関係の点に関して、「地下室における目張り行為等は、Aが現実には地下室で犯行に及ばず、車中でこれを実行したのであるから、現実のAの強盗殺人の実行行為との関係では、役に立たなかったものであるが、前記のように、Aとしては、Cばかりではなく、Bにも地下室における準備を期待し、Bも、右地下室でのAとの会話などを踏まえ、その意図を理解し、目張り行為等をしたものと推認できるのであってAがその後たまたま地下室においての実行計画を発展的に変更し、車中でこれを実行したものではあるが、結局は、当初の意図どおり、Aが強盗目的によりけん銃で被害者を射殺するという、被侵害利益や侵害態様など、構成要件上重要な点を共通にする行為が、前の計画と同一性を保って、時間的にも連続する過程において遂行されたものであるから、Bの右目張り行為等は、Aの同日の一連の計画に基づく被害者の生命等の侵害を現実化する危険性を高めたものと評価できるのであって、幇助犯の成立に必要な因果関係において欠けるところはないというべきである。」と認定、説示している点について、被告人が、Aの本件強盗殺人の実行行為とは、その場所を、距離的にも、また、形態的にも、全く異にする地下室の目張り行為をしたからといって、その行為をもってAの実行行為を現実化する危険性を高めたものと評価することは到底できないから、被告人の地下室の目張り行為は幇助行為に該当しないものとされるべきであるのに、原判決が幇助行為に当たるとしたのは、法令の適用を誤ったものであるというのである。
思うに、Aは、現実には、当初の計画どおり地下室で本件被害者を射殺することをせず、同人を車で連れ出して、地下室から遠く離れた場所を走行中の車内で実行に及んだのであるから、被告人の地下室における目張り等の行為がAの現実の強盗殺人の実行行為との関係では全く役に立たなかったことは、原判決も認めているとおりであるところ、このような場合、それにもかかわらず、被告人の地下室における目張り等の行為がAの現実の強盗殺人の実行行為を幇助したといい得るには、被告人の目張り等の行為が、それ自体、Aを精神的に力づけ、その強盗殺人の意図を維持ないし強化することに役立ったことを要すると解さなければならない。しかしながら、原審の証拠及び当審の事実取調べの結果上、Aが被告人に対し地下室の目張り等の行為を指示し、被告人がこれを承諾し、被告人の協力ぶりがAの意を強くさせたというような事実を認めるに足りる証拠はなく、また、被告人が、地下室の目張り等の行為をしたことを、自ら直接に、もしくはCらを介して、Aに報告したこと、又は、Aがその報告を受けて、あるいは自ら地下室に赴いて被告人が目張り等をしてくれたのを現認したこと、すなわち、そもそも被告人の目張り等の行為がAに認識された事実すらこれを認めるに足りる証拠もなく、したがって、被告人の目張り等の行為がそれ自体Aを精神的に力づけ、その強盗殺人の意図を維持ないし強化することに役立ったことを認めることはできないのである。
もっとも、検察官は、原審における論告の中で、Aの検察官に対する昭和六二年五月一九日付供述調書及びDの検察官に対する同月一七日付供述調書に基づき、Aがけん銃の発射音の漏れるのを防ぐべく、被告人に対し、毛布を使ってその防止策を講ずるよう指示したものと看取される旨主張しているが、この点に関する右各供述調書の供述記載を見ると、Aが「ガムテープで目張りしたら、どうだろう」といったところ、被告人は「ガムテープぐらいじゃ」と、それでは不十分だという意味のことをいっていた旨供述しているだけであって、毛布を使って目張りをすることにまで会話が及んだことについては何ら供述しておらず、また、Dは、Aが社長室でCか被告人のどちらかに「地下室に毛布を用意しておけ」と言った旨供述しているが、被告人の供述はもとより、AやCの各供述の中にもDの右供述に沿うような供述は見当たらず、他にDの右供述を裏づける証拠もなく、結局、Aが検察官の主張するような指示をしたことを認定することはできないのである。
以上のとおりであるから、原判決が指摘しているような、Aとしては、Cばかりでなく、Bにも地下室における準備を期待し、Bも、右地下室でのAとの会話などからその意図を理解し、目張り等の行為をしたものと推認できないわけではないこと、さらに、Aが当初強盗目的により地下室で本件被害者をけん銃で射殺しようとしたことと、同じ目的により走行中の車内で同人をけん銃で射殺した行為とは、被侵害利益や侵害態様など構成要件上重要な点を共通にしており、現実の実行行為が前の計画と同一性を保って時間的にも連続する過程において遂行されたものであることなどを考慮しても、被告人の地下室における目張り等の行為が、それ自体、Aの同日の一連の計画に基づく被害者の生命等の侵害を現実化する危険性を高めたものと評価することはできないものというべきであり、結局、被告人の右目張り等の行為が、それ自体、Aを精神的に力づけ、その強盗殺人の意図を維持ないし強化することに役立ったことを認めるに足りる証拠はないのである。したがって、被告人の右目張り等の行為がAの本件強盗殺人の行為に対する幇助行為に該当するものということはできず、これに当たるとした原判決は、その前提となる事実関係を誤認し、ひいて法令の適用を誤ったものというほかはなく、かつ、これが判決に影響を及ぼすものであることは明らかであって、この点において、原判決中被告人に関する部分は破棄を免れず、この点の論旨は理由があることに帰する。
第二 強盗殺人幇助の事実のうち追従行為に関する事実誤認、法令適用の誤りの主張について
一 追従行為の際の被告人の故意について
所論は、要するに、被告人には、追従行為に際して、Aの乗っている自動車(クラウン)を追従していることの認識がなく、かりにその認識があったとしても、被害者となるべき者がAの乗った車に同乗していることの認識など全くなかったのであるから、強盗殺人幇助の故意がなかったものとされるべきであるのに、この故意があったものとした原判決は事実を誤認したものであるというのである。
思うに、Aは、走行中の車の中で被害者を殺害し、強盗殺人の実行行為に及んだが、その当時被告人は別の車に乗ってAの乗る車に追従して走行していたというのであるから、このような場合、被告人にその追従行為をもってAの強盗殺人の実行行為を幇助するとの故意があったといい得るためには、被告人が自己の追従する車にAが乗っていることを知っていたこと、並びに、被告人が、Aの強盗殺人の意図を認識し、かつ、自己がAと行動をともにしてAの車に追従していること自体がAを精神的に力づけ、その強盗殺人の実行を助けることになることを認識していたことを要するとともに、これらの認識は必ずしも確定的なものに限らず、未必的なものをもって足りると解されるところ、原判決挙示の関係各証拠を総合すると、追従行為の当時被告人に強盗殺人幇助の故意があったものとした原判決の認定、判断は、この点につき、原判決がその理由中の「争点に対する判断」の三の2項において認定、説示しているところを含めて優に是認することができ、これに反する被告人の捜査段階及び原審公判廷における供述は措信し難く、原裁判所が取り調べたその余の証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは認められないのである。
すなわち、被告人が、本件犯行の当日、すでに、地下室の目張り等の行為をした時点において、A及びCからAの地下室でのけん銃による殺人計画を聞くなどして、Aが、Cや自分を巻き込んで利用し、地下室に宝石等の取引にかこつけて誰かを連れ込み、けん銃でその者を射殺し、宝石類等を奪い取ろうとしているのではないかとの認識を持つに至ったこと、並びに、被告人が、このような認識のもとに、Aの犯行を準備しようとして、外にけん銃の発射音が漏れるのを防ぐため、Cとともに、地下室の目張り等の行為をしたことは、先に述べたとおりであるところ、原判決の挙示する関係各証拠によれば、原判決の以下の認定、判断、すなわち、被告人が、その後、Aが人をけん銃で殺害するという意図を断念したとは一切聞かされないままに、Dを介したAの指示により、SKビルで待機した後、Dの運転するBMWに乗って新庄ビル前に行き、同所でAから「○坂インターへ取引に行く」旨告げられて暗に同行を求められた後、自らはBMWに乗り込んでDの運転で発進し、Aの乗るクラウンに連なって行くことになった際、被告人において、Aが先の計画、すなわち、宝石等の取引にかこつけて誰かを殺害し、その宝石等を奪おうとする計画を新庄ビルの地下室から場所を変えて実行に移すのではないかと考えるに至り、Aと行動をともにすることにより右計画を何らかの形で手助けをすることになるのではないかということを理解していたものと推認できるとし(「○坂インター」とは、「何とか坂インター」の意で、被告人はAの言葉がよく聞き取れなかったということである。)、なお、Aが車で被害者を連れ出し、それに自分らが追従しているという意識はなかったとする被告人の弁解につき、新庄ビル前にBMWが到着した時の同車とAらの乗ったクラウンとの位置関係や、被告人と行動をともにしていたE(以下、「E」という。)の認識状況等を併せ考えると、被告人においても、少なくともAが停車中の前車にいたことは知っていたと見ることができ、したがって、被告人の乗車したBMWがAの乗るクラウンに追従していることの認識もあったというべきであって、これに反する被告人の弁解は措信し難いとした原判決の認定、判断は、これを是認することができるほか、被告人に、追従行為の当時、Aの求めに応じてAと行動をともにすること、すなわち、追従行為自体が、Aを精神的に力づけ、その強盗殺人の実行を助けることになるのではないかとの認識があったことを認めることができるのである。以下、所論にかんがみ、若干の説明を補足する。
1 弁護人は、被告人は、BMWが新庄ビル前路上に停車した後、一旦車を降り、「何だこんなところに車をとめやがって」といいながら、その前に停車していたクラウンのトランクを叩いたことがあり、この行為は、被告人が原判決のいうような事実を一切認識していなかったことの何よりの証左であると主張する。
しかしながら、被告人が右のような行為に出たとの事実については、停車の場所から見てAと関係のある者の持ち物と思われる高級車を毀損し兼ねない行為であること自体が甚だ不自然であるのみならず、被告人がこのような行為をしたとのことは、一人被告人が供述しているだけであって、その場に居合わせた者は誰もこれを窺わせるような供述を全くしていないことを考えると、被告人の右供述の信用性は甚だ疑わしいといわなければならない(被告人がクラウンのトランクを叩くなどすれば、必ずや同車に乗っていた者や、周囲の者らがその場で被告人を叱責、注意などするであろうし、したがってまた、その者らの記憶に残るであろう。)。しかも、かりに被告人が右のような行為に出た事実があったとしても、そのことは、被告人が、その行為の時点で、同車に人が乗っていることや、Aにかかわりのある車であることに気づかなかったことを示すものにすぎず、発進するまでの間には、DがAと会話してその指示を受けたり、被告人が直接Aから取引に行く旨告げられたり、クラウンの運転を担当することになったCが被告人の乗ったBMWに向かって出発の合図をした等の事実があることや、被告人が、BMWの運転をすることになったDや同乗者のEらに対し、行き先や目的を問い質すなどの行動に全く出ていないこと(もし、被告人が、本当に行き先や目的を全く知らなかったというのであれば、これを周囲の者らに尋ねるのが自然であろう。)から考えれば、被告人がクラウンのトランクを叩いたということも、何ら、発進当時被告人が原判示のような事実を認識していなかったことを示す確かな証左となるものではないというべきである。所論は採用することができない。
2 次に、弁護人は、被告人とEは、同じくBMWの車内にいたものの、Eは前部座席の助手席であったのに対し、被告人はEの後部の座席であり、しかも、Eは、Aの母親のものだという、榛名山の別荘の改装名目で同行を求められ、運転免許を有し、現に出発直後からDに代わって運転をしているのに対し、被告人は、運転免許を持たず、前夜の睡眠不足から車内で眠ることしか考えていなかったのであるから、両者はその意識も全く異なり、したがって、周囲に対する認識が相違することは何ら不自然ではなく、この点を無視して、原判示のように、被告人がEと同一の認識をもっていたと考えることは安易にすぎると主張する。
しかしながら、被告人は、捜査段階以来、BMWに乗り込んでからは終始眠り込んでいたかのように弁解しているものの、Eは、原審証言で、後部座席を振り返って確認したわけではないにしても、雰囲気からして被告人も眠ってはいなかったと思う旨、しかも、車内で高速道路に入るまでの走行経路について言葉を交わしたことがある旨供述していることと対比し、かつ、被告人が追従について前記のような認識を有していたことなどからすると、被告人の右弁解の信用性には頗る疑問があるところである。のみならず、かりに被告人が前夜の睡眠不足からひたすら車内で眠ろうとしていたとしても、また、Eが前部右側の助手席に座り、被告人がその後部の座席に座っていた等の差異があったとしても、原判決の指摘する、出発前のクラウン車内のAと車の外のDとの窓越しの会話場面や同車内の人影、さらにCの出発の合図等はそれほど細心の注意を払わなければこれを認識し得ないものではないことを考えると、被告人もEとほぼ同程度の外界に対する認識を得ていたものと認定しても格別不合理ではないというべきである(なお、EがAから別荘を改装する件の相談の名目で同行を求められていたことからすると、Eが被告人やDに対して特に行き先や目的を確かめる行動に出なかったことも理解し得ないではないが、被告人については、そうした用向きがなく、行き先や目的を全く知らなかったとすれば、これをDやEに問い質そうとしていないことはやはり奇異なことといわなければならない。)。したがって、この点の所論も採用することができない。
3 弁護人は、被告人は、新庄ビル前でAから「○坂インターへ取引に行く」旨伝えられたことの記憶がないのであり、このことは、取りも直さず、被告人がこの点についてさしたる意識を有していなかったということであると主張する。
しかしながら、A及び被告人の捜査段階における各供述を総合すると、被告人が、新庄ビルの前で、Aから、少なくとも「○坂インターへ取引に行く」旨告げられて暗に同行を求められたことを優に認定することができる。もっとも、被告人は原審公判廷において、右の事実をおぼろげながら覚えている旨供述しているが、しかし、Aから告げられた言葉の持つ意味合いの重大性及びその発言の前後の経緯、状況等からすれば、Aから右のように告げられたことは、被告人も十分これを意識して受け止めたものと見るのが相当であり、これに反する被告人の右弁解はたやすく措信し難い。したがって、この点の所論も採用することができない。
4 弁護人は、被告人が、(一)本件死体を埋めた現場から日暮里へ戻った直後と、本件後の三月二一日の二回にわたって、Eに対し、Aが本件事件を起こすことなど知らなかった旨述べていること、及び、(二)死体を埋めた現場に到着した直後、クラウン車の中に被害者の死体があることを知って狼狽したことは、いずれも被告人に強盗殺人幇助の故意がなかったことを裏づける確実な事実であり、これらの点について判断を示さない限り、原判決の事実認定は誤りというべきであると主張する。
被告人の捜査段階以来の供述及びEの証言等を総合すると、所論指摘の右各事実を認定し得ないものではない。しかしながら、所論指摘の(一)の点については、この種の犯行に加担した者がいわば仲間内で右のような弁解をして自己の関与の程度が軽いものと取り繕う事例も間々見受けられるところ、被告人は、本件犯行後日暮里に戻っていわゆるアリバイ工作を話し合った際に、自己のアリバイについては、Aが提案したところよりもさらに徹底した形にすることを申し出て、自己の罪跡を免れようとしていること、また、被告人の捜査段階以降の供述には明らかに不自然、不合理と思われる点が少なくなく、全体として信用性の乏しいものであり、しかも、Eですら、原審証言で、被告人から右のように打ち明けられて、必ずしも額面どおり受け取れるものとは思わなかった旨を供述していることなどから考えると、被告人がEに対して打ち明けたところも前記のような弁解の事例の一つにすぎないものと見られるのであって、信憑性が乏しいものというほかはなく、したがって、その打ち明けの事実をもって、所論のように、被告人に強盗殺人幇助の故意がなかったことを裏づける客観的な事実であるということは到底できない。
また、所論指摘の(二)の点については、被告人は、Aが走行中の車内で殺害行為に及ぶことまであらかじめ認識していたわけではないから、被告人が、クラウン車の停車に従って停車したところ、Aがすでにクラウン車内で殺害を実行してしまっていて、同車内に死体のあることを知って狼狽したことがあるからといって、これをもって、直ちに、所論のように、被告人に強盗殺人の幇助の故意がなかったことを裏づける客観的な事実であるということはできないものである。
したがって、所論はすべて採用することができない。
以上のとおりであって、原判決が被告人の強盗殺人幇助の故意を認めたのは、結局、正当である。論旨は理由がない。
二 追従行為の幇助行為性について
所論は、要するに、被告人は、新庄ビルを出発した直後からBMW車内で寝入ってしまい、Aの本件犯行時には眠りのただ中にあったものであり、その状態は、途中で下車してしまった場合と全く異ならないから、被告人がただBMW車の乗っていたことをもって幇助行為に該当するということはできないのに、これに該当するとした原判決は、法令の適用を誤ったものであるというのである。
しかしながら、被告人に追従行為に際しAの強盗殺人を幇助する故意があったことは、前述のとおりである。そして、Aの検察官に対する昭和六二年五月二〇日付供述調書によれば、Aも、被告人が自己の後から追従して来ることを心強く感じていたことが認められ、この点をも考慮すれば、原判決が、「本件各証拠によれば、Aは、新庄ビル前を出発した後に一度、後続するはずのBMWと離れてしまったため、わざわざ速度を緩めてこれを待ち、同車を発見して合流した後に本件強盗殺人の実行行為に移ったというのであるから、BらがAの思惑どおり同人と行動を共にしていたということは、Aの抱いていた強盗殺人の意図を強化した」と認めたのは正当というべきである。
このように、被告人がAらの車に追従すること自体がAの強盗殺人を幇助することになるとの故意をもって車に乗り込んで発進し、Aらの車に追従して殺害現場に至った以上、被告人の強盗殺人幇助罪は成立し、発進後かりに被告人が車内で寝入った事実があったとしても(この点の被告人の弁解の信用性に疑問があることは、前述のとおりであるが、その点は別とする。)、その事実は同罪の成立を妨げるものではなく、また、その事実をもって被告人が途中で下車してしまい、したがって追従の外形的事実すらなくなった場合と同視することのできないことは多言を要しないところである。所論は、採用することができない。
以上のとおりであって、この点の論旨も理由がない。
第三 死体遺棄の行為につき期待可能性がないとの主張を排斥した原判断を誤りとする主張について
所論は、要するに、被告人には本件死体遺棄行為への関与を回避することの期待可能性がなかったのに、これがなかったとはいえないとした原判決は、その前提となる事実を誤認し、その結果期待可能性の判断を誤ったものであるというのである。
しかしながら、原判決挙示の関係各証拠を総合すると、原判示被告人の死体遺棄の行為につき期待可能性がなかったとはいえないとした原判決の認定、判断は、優にこれを是認することができるのであって、この点に反する被告人の原審公判廷における供述はたやすく措信し難く、所論にかんがみ、原裁判所が取り調べたその余の証拠を調査し、当審における事実の取調べの結果を併せて検討しても、原判決に所論のような事実誤認や判断の誤りがあるとは認められない。
すなわち、原判決が認定、説示しているように、Aが現場でけん銃を取り出して穴を掘ることを強制したわけではなく、現に穴を掘った後、被告人が、死体を見るのもいやだと言って車内に逃げ込み、死体をクラウン車内から搬出するのを手伝っていないことに加えて、もともと被告人は、前述のとおりAの強盗殺人を幇助する故意をもって同人と行動をともにしたものであることをも併せ考えると、被告人に期待可能性がなかったということのできないことは明らかである。論旨は理由がない。
第四 結論
以上のとおり、控訴趣意中原判示強盗殺人幇助の事実につき事実誤認、法令適用の誤りを主張する論旨の一部は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件についてさらに次のとおり判決する。
第五 自判
(認定した事実)
被告人は、昭和三七年三月東京都文京区内の私立高校を卒業後、神奈川県、都内及び群馬県で自動車整備工、自動車販売員、バーテン、馬丁手伝いなどの職を経て、同四七年ごろ暴力団組員となり、同四九年には群馬県高崎市の暴力団に所属し、その後覚せい剤取締法違反の罪等で数回裁判を受け、前橋刑務所に服役中に、同じく強盗致傷等の罪で服役していた原審共同被告人A(以下「A」という。)と知り合い、同人より先に出所後さらに覚せい剤取締法違反等の罪で同刑務所に服役した際、再び仮出所間近のAと出会い、その後Aが出所して、著作活動をしたり、自ら会社を設立して成功しているとの話を伝え聞き、仮出所後の昭和六一年一二月一〇日ごろ同人に連絡を取って進退を委ねたところ、当時同人が経営していた有限会社○○総合企画(以下、「○○総合企画」という。)で雇う旨の意向を示され、そのころ同刑務所を出所しAとも親交のあったF(以下、「F」という。)とともに、当時東京都荒川区<住所省略>所在の新庄ビル三階に本店を置く○○総合企画に入社し、同区<住所省略>所在の××マンション三〇三号室を二人の居室としてあてがわれることになったが、入社早々から、Aにけん銃の入手方を頼まれたり、猟銃等を見せられ、けん銃の試射に立ち会わされたりしたほか、連日のようにAの居室である同区<住所省略>所在の△△ハイツ二〇三号室に呼び出されて種々の犯罪にからむ話を聞かされたり、突然車で都心の駐車場に連れて行かれ、他人の車両を奪取するように命ぜられたりし、また、同月二〇日ごろには、Aの指示により、Fのほか、当時○○総合企画の営業部長の肩書を有していた原審共同被告人C(以下、「C」という。)及びAと情交関係にあり、同人の秘書として働いていた原審共同被告人D(以下、「D」という。)らとともに同区<住所省略>所在の賃貸ビル「○○○ビル」に集められ、同所で、一万円札の大きさに裁断した紙束の上下に真券の一万円を置き、一束ごとに帯封をしてその全部が一万円札のように似せる、いわゆるアンコの札束作りを手伝わされたりした挙げ句、同月二四日ごろ、Aが人工・天然宝石卸業を営む京セラ株式会社の社員二名を取引名下に○○総合企画に呼び寄せた際、Fとともに、Aから、千枚通し様のものを手渡されて、右社員らが取引後に事務所から帰る途中を襲い、所持している宝石類を強取することを命ぜられ、Fとともに、手渡された凶器を携えて右社員らの帰路を尾行したが、気後れなどにより実行するまでに至らず、さらに、同月二七日には、Aが自ら前記○○○ビルに連れて来た貴金属の販売等を営む十仁プラザ株式会社の社員二名についても、Fとともに、ナイフやけん銃を使うなどして右社員らが所持している宝石類を強取するように命ぜられたが、事態の切迫感に耐え切れず、Fが、次いで被告人が順次逃げ出し、これも実行するに至らず、その後一旦高崎市に戻ったものの、年が明けて昭和六二年一月六日ごろ再び○○総合企画で働くようになったが、その二、三日後には、Aから再度けん銃の入手方を頼まれて、知り合いの暴力団組員に連絡を取ってけん銃や実弾を入手してやり、また、同月一五日には、Aから、○○○ビルで、一万円札の左半分が上下逆に印刷された偽造券を一〇〇〇万円相当の札束にまとめ、その上下に真券を置いた上、十文字に帯封をし、これを外で購入して来たジュラルミンケース四個に一億円ずつ詰める作業などを命ぜられ、翌一六日の午前三時ごろまでDらとともに右作業に従事したものであるところ、
第一 一 Aが、宝石商のG(当時三八歳)に対し、宝石等を多量に購入するなどと言葉巧みに働きかけて、同人にできる限り高価な宝石類を持参させようと企て、昭和六二年一月一三日ごろから同月一六日午後七時ごろまでの間に、同人から、数回にわたり、ダイヤモンド裸石八個ほか宝石類七点、ミンクの毛皮四着及びロレックス製腕時計一二個(以上時価合計約七六〇〇万円相当)の引渡しを受けて預かり保管していたが、もはや同人にこれ以上宝石類を持参させることは困難であると判断し、同人をけん銃で殺害して右預かり保管中の宝石類等の返還を免れようとの意図の下に、同一六日前記新庄ビルの○○総合企画事務所に来た同人を、同日午後七時過ぎごろ、商品取引の名目下に誘い出し、同人所有の普通乗用車(クラウン)に同乗し、Cに運転させて出発し、同日午後九時ごろ、関越自動車道を走行中、鶴ヶ島インターチェンジに至る埼玉県川越市大字池辺付近に差し掛かるや、同車内において、口径〇・三八インチ回転式けん銃(当庁平成元年押第一五八号の7)でGの胸腹部及び頭部を狙って銃弾六発を発射し、よって、即時同所において同人を脳損傷により死亡させて殺害した上、同日午後一〇時ごろ、群馬県<住所省略>の山林において、同人の所持していた現金約四〇万円を抜き取り、もって、同人を殺害して、同人から預かり保管中の前記宝石類等の返還を免れるとともに、同人が所持していた右現金を強取した際、右のとおり同日午後七時過ぎごろAが新庄ビルから出発する直前ごろに同ビル前においてAから暗に同行を求められるや、Aが宝石等の取引にかこつけて誰かを殺害し、その宝石等を奪おうとする計画を実行に移すのではないかと察知し、Aと行動をともにすること自体同人を精神的に力づけ、その強盗殺人の実行を助けることになるのではないかと認識しながらあえて同人に同行することを決意し、Dにおいて運転する普通乗用車(BMW)に乗車し(途中から、事情を知らない同行者E(以下、「E」という。)において運転した。)、新庄ビル前からAの乗っている前記普通乗用車(クラウン)に追従して前記殺害現場に至り、もってAの右犯行を容易にさせてこれを幇助し、
二 A、C及びEと共謀の上、同日午後一〇時ごろ、前記山林内において、同所の土中に前記Gの死体を埋め、もって死体を遺棄し、
第二 法定の除外事由がないのに、同月一〇日ごろ、東京都荒川区<住所省略>△△ハイツ二〇三号室の当時のAの居室において、口径〇・三八インチ回転式けん銃一丁(当庁同押号の8)及び口径〇・二五インチ自動式けん銃一丁(同押号の9)並びに火薬類である右両けん銃用実包合計四〇発を隠匿所持したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、判示第一の二(死体遺棄)の所為につき、被告人には期待可能性がなかったと主張するが、その主張の採用できないことは先に控訴趣意に対する判断第三において判示したとおりである。
(累犯前科)
被告人は、昭和五六年九月二二日東京地方裁判所において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年一〇月に処せられ、同五八年六月二日その執行を受け終えたものであって、この事実は、検察事務官作成の昭和六三年一二月六日付前科調書により明らかである。
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の判示第一の一の所為は刑法六二条一項、 二四〇条後段に、同第一の二の所為は同法六〇条、 一九〇条に、同第二の所為のうちけん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、 三条一項に、実包所持の点は、火薬類取締法五九条二号、 二一条にそれぞれ該当するところ、右のけん銃の所持と実包の所持は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項、 一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑により処断すべく、判示第一の一の罪につき所定刑中無期懲役刑を、同第二の罪につき所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、被告人には前記の前科があるので、判示第一の二及び同第二の各罪の刑について刑法五六条一項、 五七条によりそれぞれ再犯の加重をし、判示第一の一の罪は従犯であるから、同法六三条、 六八条二号により法律上の減軽をし、以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条前段の制限内において法定の加重をし(ただし、短期は判示第一の一の罪の刑のそれによる。)、さらに、犯情を考慮し、同法六六条、 七一条、 六八条三号を適用して酌量減軽をし、その刑期の範囲内において被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中五〇〇日を右刑に算入し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人にこれを負担させないことにする。
(量刑の理由)
被告人は、これまで窃盗、覚せい剤取締法違反等の罪により前記累犯前科を含めて合計五回も懲役刑に処せられ(そのうち二回は刑の執行を猶予され、二回目の執行猶予はその後取り消された。)、最終刑に服して昭和六一年一二月に仮出所したばかりであり、行動を慎み、犯罪を繰り返すことのにように厳に自重、自戒すべき立場にありながら、その仮出所の直後からAの下で働くようになり、前科のある被告人を二つ返事で雇ってくれたAに強い恩義を感じつつも、他方では同人から種々の犯罪がらみの危険な行為を命ぜられ、同人の言動に戸惑いを覚えながら、途中抜け出すことを考えたものの結局居続けた末、同人に指示されるままに、知り合いの暴力団組員から真正けん銃や実包を入手して判示第二の犯行に至っただけでなく、同第一の一、二のとおり、Aが、悪質、重大な本件強盗殺人の犯行に及んだ際、Aの求めに応じ、その現場まで追従して同犯行を幇助し、さらに死体遺棄にも関与したものであって、犯情は甚だ芳しくなく、その責任は軽視し得ないものがあるが、その関与の程度はCらと同様従属的なもので、Aが強盗殺人を実行することについては、未必的な認識にとどまっていたこと、これらにより利益を得ていないこと、右仮出所時には更正を期していたのに、運悪くAの計画に巻き込まれた面もあることなど、酌量すべき事情もあるので、これらの諸般の情状を総合的に考慮して、主文掲記の刑に処するのを相当と判断したものである。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大久保太郎 裁判官 小林隆夫 裁判官 生島三則)